盛岡の水路跡


雫石川から小諸葛川へと水路跡を遡る 7-3

水路の幹線地帯


全体地図


今回の地図


謎道-公図

 公図を取ってみましたが、なんとも訳がわからない状況になっています。現況の道路にある「道路」部分が、水路跡の中に、島というか中洲みたいに存在しています。


 また今回初めて気付いたのですが、この公図は「街区単位修正図」と呼ばれるもので、「旧土地台帳附属地図」よりはずっと正確ですが、「法務局作成地図」よりは正確ではない、といった感じです。

  (公図についてはこちらもどうぞ)


1976航空写真

出典:国土地理院を元に作成

 昭和51年(1976)の航空写真です。水路らしい黒い線、樹木、広い畦道?らしきものが見えます。


1976航空写真

出典:国土地理院を元に作成

 このように水路が流れていたのでしょうか。航空写真では分かりかねる部分も多いのですが、複数の経路が流れていたことで、道路を作る際の複雑さが増していたのかもしれません。


謎の道の終わり

2024年11月5日に撮影

 どうしてこんな道になったのかは分からずじまいでしたが、実に不思議な道でした。
 あと、違法駐車が1台もないのが、ちょっと盛岡らしいのかな、とも思ったり。


どっち?

 「謎の道」も終りを迎えます。

 この先、水路跡が入り乱れているのですが、どちらに進むべきか?。


続きます。



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