大慈寺前の水路跡 1-1
桜川から分岐して遡る
出典:国土地理院を元に作成、クリックで拡大
桜川の、あさ開手前から分岐し、大慈寺小学校横、大慈寺前を通って、寺の下を横断し、
盛岡城の遠曲輪跡まで、の水路跡です。
自宅から近いこともあり前々から調べていたのですが、身近にあったことが、逆に調査の迷宮へと引き込まれた原因のような気もします。
2020年から断続的に調べ、2026年に再調査しました。

2026年9月22日に撮影
今回は、桜川へ合流する分岐から 遡っていきます。
あさ開の工場と、神子田わかば公園の丁字路です。

2022年10月15日に撮影
道路沿いにコンクリート暗渠が続いています。
右側に見える石垣は、ここが開渠だった頃からあると言われていますが、確認してはいません。

2021年3月5日に撮影
少し進んで、振り返って撮影したもの。
コンクリート暗渠の部分が盛り上がって見えます。

道路断面の想像図ですが、おそらくこんな感じになっているのではないかと。

2026年9月22日に撮影
2026年の再撮影。
ここは2023年頃、道路際にオレンジ色のポールが設置されました。当時は歩行者の保護のためかと考えていました。
しかし今回改めて見直すと、沈下による「段差」を自動車が「脱輪」しないためではないか、とも思えてきました。

2026年9月22日に撮影
あさ開の、鉈屋町側と大慈寺町側の工場の間を縫って、道路と暗渠が伸びていきます。

2020年9月19日に撮影
その先では、コンクリート暗渠がアスファルト舗装の上に、くっきりと形を現していました。

2026年9月22日に撮影
暗渠のコンクリート部分が一部露出しています。